儀式が助ける気持ちの整理

昨日はブエノスアイレスに戻ってきて初めての週末。土曜日、相手にはクリケットの試合が予定に入っていて、私も朔太郎を連れてピクニックがてらに試合観戦を、とも思っていたのですが、アルゼンチンに戻って一番始めにしたいと思っていたこと、これをせずには前に進めないから、と、その大事なことをまずしようということになりました。
それは、ペドロのお墓参りにいってご家族にあいさつに行くこと。
「遊びすと」での記事にも書きましたが、(記事参照:http://bit.ly/hR8jct
)ペドロは、自分にとってアルゼンチンで欠かせない存在で、私にとってのアルゼンチンには常に彼の存在がありました。オフィスを借りていた建物の管理をしていた関係で、毎日のように顔を合わせ、決して平たんではなかった私のアルゼンチンでの様々なチャレンジをいつもかなり近くで見守っていてくれた人でした。多くの時間をオフィスで過ごしていた時も決して孤独ではなく、決してさびしくなかったのは、一階に行けばいつも変わらずに彼がいてくれたことがとても大きかったんです。彼への感謝は本当に言葉では表しきれない。
この人がいるからアルゼンチンのことを悪くいいたくない、と思わせる存在でもありました。たった一人の人との出会いのおかげで、この国のいいところを発見しようという姿勢や後ろ向きではない思いや愛着の伴奏と共に進めたような、そんな人間的なあたたかいものをプレゼントしてくれたのがペドロでした。
ペドロのお墓の前で手を合わせたら、久しぶりにペドロと会えたような、そんな思いがしたくらい。そしてそのあと家にお邪魔して、ご家族と一緒に庭でマテを飲んでいると、その端々にペドロが見えたような、そんな気がしました。
なくなったのは身体だけで、家族のなかにも、もちろん私の心にもぺドロはしっかりと生き続けていることを実感しました。
またペドロの義母(95歳)を見ていると、元々アルゼンチンに恋をした時の自分の気持ちが思い起こされました。そう、この国の大部分の地域では都市化とは程遠く、こうやって1時間も2時間もマテ茶を囲んで、人といることがただ幸せで、時間や予定なんて関係なく、ゆっくりゆっくり、それはそれは本当にゆっくりと生きていて、その時間の流れや人の受け入れ方に当時の私はものすごく感動したのです。
今はやりのスローライフなんてフレーズが商業的に思えるほど、彼らのいい意味でのマイペースや急がない考え方は王道をいっていました。ブエノスアイレスに住んでいると、そういうゆっくりさとはなかなか合えない。ここは様々な問題を抱える南米のなかだとはいっても、それでも世界的にみてかなり大きな国の首都なのです。ニューヨーカーが「レアルライトナイフ」と呼ぶ眠らない街であり、ポルテーニョ(ブエノスアイレスの住人)の生き方や考え方、ファッションなどがブランドの発信となる大都市なのです。
忘れかけていたものを思い出させてくれた、そんな日にもなりました。
ペドロが残してくれたものは本当に大きいです。
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おととしペドロのことを記事にしたことがありました。
NTTコムウェアにて:
http://www.nttcom.co.jp/comzine/no077/worldit/index.html

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